トップ画像(名古屋市街新地圖 大正6年(1917)●鹽竈神社 ●観永寺 ●伊藤平左衛門 邸 ●広見小学校 ※色マル印=現在の地図と比較しやすいように加えました。※南北の赤いラインに沿う緑色の細い川は「江川」
[人物]九世・伊藤 平左衛門(いとう へいざえもん)
生没年:1829年12月14日(文政12年11月19日)尾張藩〜 1913年(大正2年)5月11日)名古屋市
*江戸時代末期(幕末)から大正時代にかけての建築家。尾張国の工匠の棟梁の名跡・伊藤平左衛門の9世。明治の東京・横浜で洋風建築、清国で中国建築、京都や奈良で日本古代建築を研究。愛知県庁舎など明治初期の東海地方に洋風建築を導入し、東本願寺御影堂など多くの近代社寺建築も手掛けた。内国勧業博覧会、パリ万国博覧会などに出品し数々の賞を受賞。1896年(明治29)より帝室技藝員。藍綬褒章受章者。文化功労者の建築学者・伊藤延男は曾孫。1913年(大正2年)2月から病気を患い、5月11日午前2時ごろに名古屋市中区松重町の自宅で死亡。皇室からは祭粢料として150円が下賜された。同年5月11日に名古屋市東佐倉町浄念寺に埋葬。戒名は「宣巧院釋啓道」。同年5月に建築上の功労により藍綬褒章を受章。長男・伊藤平右衛門が家名を次いで伊藤平左衛門10世となった。
(名古屋市中区松重町 ※現・中川区松重町3)
[国立国会図書館デジタルコレクション:近代名士之面影. 第1集][Wikipedia]
※帝室技芸員(ていしつぎげいいん)は、戦前の日本で宮内省によって運営されていた、美術家や工芸家の顕彰制度である。日本の優秀な美術家・工芸家に、帝室からの栄誉を与えてこれを保護し、更に斯界の奨励、発展を図ろうとした。1890年(明治23年)設置、1947年(昭和22年)廃止。
*主な作品
旧見付学校
旧愛知県庁舎
旧三重県庁舎
東本願寺御影堂
東本願寺阿弥陀堂
旧香川県博物館
(香川県商工奨励館)
西本願寺築地別院
道明寺天満宮大成殿
鶴見總持寺仏殿
真宗大谷派函館別院
伊藤平左衛門のすべて
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